ウイルス
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特集 HIV研究の新しい展開~第58回日本ウイルス学会シンポジウムから~
HIVプロウイルスからの正および負の転写制御機構について
岡本 尚
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2011 年 61 巻 1 号 p. 81-90

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抄録

 エイズウイルスを始めとするレトロウイルスは,宿主細胞への感染後ウイルス粒子内のRNAゲノムが細胞質でプロウイルスDNAに変換され,プロウイルスが細胞のゲノムDNAと一体化して細胞遺伝子同様にふるまう.このウイルス遺伝子の複製過程を遺伝情報の増幅過程として考えると,RNA→DNAの過程ではこの反応を担う逆転写酵素の持つRNaseHによって2本鎖目のDNAの合成される前にRNAゲノムが分解されるため,ウイルス遺伝情報量の増大はない.他方,プロウイルスDNAからの「転写」過程では宿主遺伝子と同様にmRNAの複製が同じ鋳型DNAから繰り返し起こる.しかも,エイズウイルスでは特有の転写活性化因子Tatによってこの段階が特に転写伸長過程も含めて著しく亢進している.すなわち,エイズウイルスの持つ強い感染性と個体内での激しい病原性の根底には著しく効率の高まった転写特性が存在する.
 また,エイズウイルスに感染した個体内ではウイルスが10?20年もの間潜伏感染を持続させている.この潜伏感染の維持に多数の宿主細胞由来の転写抑制因子(AP-4, YY-1など)が関わっている.他方,潜伏感染している細胞に外部から多くの要因が作用すると,宿主由来の複数の転写活性化因子(NF-?B, NFAT-1, Sp-1など)が仲介してまず転写レベルでウイルスの複製が開始される.さらに,細胞内でプロウイルスDNAを取り巻くクロマチン構造が転写活性に決定的な作用を及ぼすことが明らかになった.例えば,ある種の嫌気性菌は嫌気性解糖の最終産物として多量の酪酸を産生するが,酪酸はヒストン脱アセチル化酵素阻害作用を持ち,転写抑制的なクロマチン構造を構成する脱アセチル化ヒストンに作用してそのアセチル化を促す結果,潜伏感染ウイルスの転写を誘導する.
 本シンポジウムでは,演者らがこれまで報告して来た正負の作用を持つ種々の転写因子,NF-?B, Tat, AP-4およびSp1の作用に加え,クロマチン構造に関わる種々のヒストン修飾因子によるエイズプロウイルスの転写活性調節機構について総括的に報告し,これらの結果をもとに今後の新しいエイズ治療法について提案したい.

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© 2011 日本ウイルス学会
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